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横浜地方裁判所 昭和43年(ワ)932号 判決 1969年8月18日

原告

田中洋一

被告

杉崎芳博

ほか一名

主文

被告らは原告に対し、各自金六五一、八三〇円および内金五〇一、八三〇円に対し昭和四三年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その三を被告ら、その余を原告の各負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは原告に対し各自金一、〇九五、一四五円および内金九四五、一四五円に対しては昭和四三年七月一五日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は、昭和四三年二月一五日午前一一時頃三菱四二年普通貨物自家用車品川四め九三七〇(原告車という)を運転して、神奈川県保土ケ谷区星川町三の五一九横浜バイパス保土ケ谷陸橋上(事故現場という)を小田原方面に進行していた。被告杉崎芳博(被告杉崎という)は、同人所有の普通乗用車相模五さ九六〇五(被告車という)を運転して東京方面に進行してきた。

本件事故現場は四車線の道路であり、被告杉崎の進行方向はややゆるい下り坂であつた。本件事故当日は、早朝より降雪のため、道路がスリップしやすい状態であつたため、被告車はスリップし、事故現場道路側面のガードレールに衝突し、一回転して中心線を突破し、原告車の通行帯を横切るように侵入したため、両車が衝突した。よつて、原告車は前後部が大破し、原告は負傷した。

二、本件事故は、被告杉崎の過失により発生したものである。前記のとおり、事故現場はスリップしやすい状態であつたのであるから、かような場合、自動車の運転手たるものは減速してスリップしないように安全に運転する義務があるにもかかわらず、被告杉崎は時速七〇粁の速度で進行したためスリップし前記のとおり衝突したものである。

三、被告杉崎は、被告車の所有車であるから、原告の傷害による損害の点については、自動車損害賠償保障法(自賠法という)第三条により、原告車の破損による損害の点については民法第七〇九条に基き損害を賠償する責任がある。

四、

(一)  被告杉崎は、被告サンワ工業株式会社(被告会社という)の営業部に勤務する社員であり、被告車に対する任意保険は被告会社において契約している。

(二)  被告杉崎は、自己の職務を遂行するため、被告車を会社の営業のため使用し、被告会社も自己の営業のために被告杉崎にこれを使用させていたものである。よつて、被告会社は、原告の傷害による賠償については自賠法第三条により、原告車の破損による損害については、民法第七一五条に基き損害の責に任じなければならない。

五、原告の損害

(一)  原告車の修理代として金二四九、五八〇円の支出を余儀なくされ同額の損害を受けた。原告車は購入して二ケ月半位しか使用せず、走行距離は三、六〇〇粁という新車同様の車である。しかるところ、右修理では完全に原状回復ができず、原告車の事故前の価額と修理後の価額との間に金五〇、〇〇〇円の差が生じた。よつて、以上の合計は金二九九、五八〇円となる。

(二)  原告車の後部に木製キャビネットを置いて運搬していたところ、本件交通事故により破損したので、修理に金五、〇〇〇円を要した。

(三)  治療費以外に、入院中の雑費として金一六、四二〇円、入院中の付添看護料として金四、〇〇〇円合計金二〇、四二〇円の損害を受けた。

(四)  原告は、各種自動車用電刷子を販売する田中商会という商店を経営しているものであるが、本件事故により入院および通院自宅療養のため昭和四三年二月一五日より同年四月一日までの間、四一日間、右営業に従事することができなかつた。右四一日間の得べかりし収入は金一七〇、一四五円であり、右期間休業したことによる業界における信用の喪失は金銭に換算すると金一五〇、〇〇〇円である。

右金額の合計は金三二〇、一四五円である。

(五)  慰藉料

原告は本件傷害のため生命の心配、残された家族に対する心配ならびに営業不能のため種々の苦痛を感じた。かかる苦痛に対する慰藉料は金三〇〇、〇〇〇円が相当である。

(六)  原告は、本件事故による、損害の補償について被告らと交渉したが、全く誠意がみられないので、弁護士西岡文博に取立を依頼し、着手金として金五〇、〇〇〇円を支払つた他、成功報酬として金一〇〇、〇〇〇円を支払う約束となつている。これ又本件事故による損害である。

(七)  従つて、被告らは連帯して前項(一)ないし(五)の合計金九四五、一四五円及び本件訴状送達の翌日である昭和四三年七月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員、並に、前項(六)記載の金一五〇、〇〇〇円の金員の支払を求めるため本訴請求に及んだものである。〔証拠関係略〕

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、第一項、第二項、(但し、被告車が時速七〇粁であつた点を除く)第三項、第四項(一)、第五項(四)の入院および通院自宅療養の期間はこれを認めるが、その余の事実はすべて争う。

(過失相殺)

一、本件交通事故については、原告にも前方不注視の過失があるから、損害額算定の上で充分斟酌されるべきである。被告会社については損害賠償責任を否認しているから、予備的に過失相殺を主張する。

二、被告車が、現場道路の中央寄り追越車線より左側の走行車線に入らうとした際、スリップし後部が右へ横ぶれしたため、ハンドルを右に切つたところ、今度はセンターラインを超えそうになつた為、又ハンドルを左へ切つた。すると、被告車はその後部が右側へ出る形で回転しながら、左端の橋の欄干へ向けてスリップし、先ず被告車の前部右角附近がこれに激突し、ついで後頭部角が激突し、その反動でセンターラインを超え、反対側の橋の欄干へ被告車の左角附近が衝突し、その反動で少し後退した際、その左側面へ原告車が衝突したものである。従つて被告車が、最初スリップして横ぶれしたときから右左の欄干に衝突した上原告車と衝突する迄には、ある程度時間的な余裕がみられる。

原告が前方を注視していれば、被告車の異常な動きをその当初に発見し、直ちに急停車して衝突を免れ得たに拘らず、漫然これを怠り進行した過失により、急停車したが及ばず衝突したものである。原告車は、前方不注視かスピードの出し過ぎのため急停車できなかつたものと思われる。

(弁済)

三、被告杉崎は、昭和四三年四月六日原告に対し金八〇、〇〇〇円を休業補償その他の趣旨で支払つているから、本訴賠償金額より控除さるべきである。

〔証拠関係略〕

理由

一、原告主張の日時場所で本件交通事故が発生し、原告が負傷したことは当事者間に争いがない。〔証拠略〕によると、原告は本件交通事故により、上口唇部打撲症、左膝打撲症、右第四肋骨骨折の傷害をうけ、昭和四三年二月一五日から同月一八日迄の四日間入院し、同月一九日から同年四月一日迄通院して治療を受け、その間の治療実日数は六日であつたことが認められる。(右の治療期間については当事者間に争いがない。)

二、被告杉崎は、被告車を所有し、本件交通事故をその過失によつて惹起したこと争いがないから、自賠法第三条、民法第七〇九条により原告の人的、物的損害を賠償しなければならない。

三、〔証拠略〕を綜合すると、(一)被告会社は、顧客接待用の自動車に不足し、かねがねこれを購入する計画であつたが、これを購入する迄、被告杉崎から必要な場合随時被告車を借用することにしていた。そして、時折被告車を借用して、接待用に使用したり、取引先の訴外日産車体にサービスとして貸与していた。(二)被告会社は、昭和四二年一二月頃から、交通事故の発生に備えて、被告車に任意保険をかけていること。(三)被告杉崎は、会社の業務で、平塚の前記日産車体に出張する際、被告車を利用することを上司から承認されていたこと。なお、右出張は毎月一ないし三回位あつたことを認めることができる。自賠法第三条の自己のために自動車を運行の用に供する者とは、抽象的、一般的に当該自動車を自己のために運行の用に供している地位にあるものを云うから、右認定のように、必要な場合随時被告車を借用しこれを営業に利用していた被告会社は、自己のために運行の用に供している地位にあるものと言わなければならない。

又被告杉崎が被告会社の社員であることは当事者間に争いなく、前記認定のとおり、被告杉崎が会社の営業のため被告車を使用していたのであるから、本件交通事故の際被告会社に無断でこれを運転していたとしても、被告会社は民法第七一五条に基く使用者の責任を免れることはできない。

四、原告の損害額について判断する。

(一)  〔証拠略〕によると、本件交通事故による原告車の破損した部分は、原告車の前部であつて、後部の破損は含まれないこと。前部の修理代は金二一二、〇三〇円であることが認められる。右認定に反する〔証拠略〕は採用しない。

なお、原告は原告車の事故前の価額と修理後の価額との間に、金五〇、〇〇〇円の価値が低下し同額の損害を受けた旨主張するが、これを認めるに足る証拠がないから認容することはできない。

(二)  〔証拠略〕によると、原告は原告車に積んでいた木製キャビネットを本件交通事故により破損し、これが修理のため金五、〇〇〇円を支出したことが認められる。

(三)  原告は入院中の雑費として金一六、四二〇円支出した旨主張し、〔証拠略〕を提出するが、これがうち相当因果関係にあるものは金八〇〇円と認められる。〔証拠略〕によると、入院四日間原告の妻が付添つて看護したことが認められるから、原告は付添看護料として金四、〇〇〇円相当の損害を受けたものと認められる。

(四)  〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。

(1)  原告は、本件交通事故によつて被つた傷害の療養のため、四一日間営業に従事することができなかつた。

(2)  原告の毎月の売上額の平均は、金六〇〇、〇〇〇円であつて、純益はその二〇パーセントの金一二〇、〇〇〇円であつた。

(3)  原告が右期間休業したことにより、昭和四三年四月より同年八月頃迄の約五ケ月間仕入額、売上額共に毎月金一〇〇、〇〇〇円の減少を来したこと。

そうすると、右四一日間の得べかりし利益の合計は金一六〇、〇〇〇円、五ケ月間の利益の減少(純益を二〇パーセントとして計算する)は、合計金一〇〇、〇〇〇円となる。

(五)  当事者間に争いがない事実である本件交通事故の原因、態様(原告請求原因一の事実、二の事実但し、被告車が時速七〇粁であつた点を除く。)、原告の被つた傷害の部位程度に治療期間、その他諸般の事情を斟酌すると、原告に対する慰藉料は、金一〇〇、〇〇〇円を相当と考える。

(六)  〔証拠略〕によると、原告の主張どおり本件損害賠償請求訴訟を原告代理人に委任しその着手金、成功報酬の支払の約束をしたこと。被告らは交渉に誠意を示さなかつたことが認められ、これらに、本件訴訟の難易、請求額認容額など諸般の事情を斟酌すると、着手金五〇、〇〇〇円、成功報酬金一〇〇、〇〇〇円合計一五〇、〇〇〇円を相当な損害と認める。

(七)  〔証拠略〕によると、被告車が時速六〇粁で現場に差し掛つた際、現場道路の追越車線から左側の走行車線に入らうとしてハンドルを左に切つたところ、雪のためスリップしはじめたので、直ちにブレーキをふむと同時に又ハンドルを右に切つたところ、今度はセンターラインを超えそうになつた。そこでハンドルを又左へ切つたところ、回転しながらスリップし、左端の橋の欄干へ被告車の前部右角附近が激突し、ついで右後部角が激突し、その反動でセンターラインをこえて対向車線にこれを横切るように侵入したため、原告車の前部が被告車の左側面へ衝突したことが認められ、右認定に反する〔証拠略〕は信用しない。

被告らは、被告車がセンターラインを超え直ちに原告車と衝突したものではなく、右側の橋の欄干へ被告車の左角附近が衝突し、その反動で少し後退した際に衝突したと主張する。しかしながら、〔証拠略〕によると、被告車の左角附近に破損箇所が認められるが、これがセンターラインをこえ右側の欄干に衝突した際に生じたものと推認できる合理的な理由はなにもない。却つて最初左側の欄干に激突した際生じたものと考えるのが妥当であるから、被告らのこの点に関する主張は採用のかぎりでない。

〔証拠略〕によると、原告は前方約三〇米において、被告車がスリップして異常な動きをしていることに気がついたが、それほどひどいスリップと見えないしセンターラインをこえて突込んでくるとは予想できなかつた。しかし、予期しない危険に備えブレーキをかけて減速した。ところが、被告車が突然欄干に回転しながら衝突したと思つた瞬間原告車の直前に突入してきたので、ブレーキを踏んだが間に合わず衝突したことが認められる。

右事実によると、原告車には何ら運転上の過失は認められないから、被告らの過失相殺の主張は理由がない。

(八)  〔証拠略〕によると、原告は休業補償として金八〇、〇〇〇円の弁済を受けているから、本件損害賠償額からこれを控除する。そうすると、被告らは原告に対し各自金六五一、八三〇円および内金五〇一、八三〇円に対しては本件訴状送達の翌日である昭和四三年七月一五日から支払済みに至るまで、年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

五、以上のとおり、原告の本訴請求は右の限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

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